プロフィール

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宮本 徹

1972年1月22日兵庫県三木市生まれ
東京大学教育学部卒業
2017年、衆議院議員選挙で2期目の当選。
趣味は相撲観戦、映画鑑賞。柔道初段
家族は妻と娘ふたり

人生観に影響をあたえたのは

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人生観に影響をあたえたのはブルーハーツ、本多勝一、灰谷健次郎、宮沢賢治

金権腐敗に怒! 自民党本部へ抗議のマラソン

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1991年に東京大学に入学。教養学部では学生自治会の委員長、本郷では学生自治会中央委員会議長をつとめました。

学生自治会委員長のとき、佐川急便をめぐる汚職事件が発覚。学生たちから集めた抗議の声を、”飛脚”姿で自民党本部までマラソンで届けました。テレビでも報道され話題になりました。

「子どもや若者が希望をもてる社会を」 日本共産党へ

学生時代、自民党から社会党まで、政権の組み合わせはいろいろ変わりましたが、どの政権も政治の中身は財界とアメリカに顔を向けるばかり。沖縄での少女暴行事件があっても、アメリカにものがいえない政治。ゼネコンのための浪費型公共事業で借金を増やし、未来をつぶす政治。政治の顔の向きをかえなければ、日本はダメになると思い、政治を大本からかえる日本共産党で働く道を選びました。

一度目の国政挑戦。菅直人氏にやぶれる。論戦では負けた気はしなかったが…。

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2005年夏、小泉首相(当時)が郵政民営化の是非を問うと、突然、国会を解散。私は東京18区から立候補。後に首相となる菅直人さん、武蔵野市長だった土屋正忠さん、33歳の私の3人の公開討論会があり、「郵政民営化で日本がよくなるというのは大ウソだ」「政党助成金をやめるべきだ」と議論を交わしました。論戦で負けた気はしなかったのですが、選挙の結果は大差で落選。もっと力をつけようと誓いました。

民放テレビで「帰国したら夫が候補者になっていて、引っ越していた」と妻が語るシーンが何度も放映され、気恥ずかしい思いもしました。

力を合わせ、武蔵野で自民党市政を終わらせ、ついに中学校給食が実現

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 2011年まで8年間、武蔵野、三鷹地域の日本共産党の責任者として、草の根で市民のくらしを守り、政治を変える活動をすすめてきました。

武蔵野市は東京では珍しい、中学校給食未実施の自治体で、お父さん、お母さん方が長年、中学校給食の実現を求めて運動していました。2005年の武蔵野市長選挙では、市民のみなさんと力を合わせて、20年つづいた自民党市政をついに終わらせ、新しい市長が誕生。その後、邑上市長のもとで、全校で中学校給食が実施され、父母から喜ばれています。

3回目の挑戦で、衆議院議員に初当選

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反原発デモ、こどもの城・青山劇場の存続を求める運動、認可保育園の増設を求める運動などに市民のみなさんと一緒にとりくんできました。
衆議院選挙には、2005年につづき2012年、2014年と挑戦。3度目の挑戦で東京比例ブロックから初当選しました。

「税金はくらしの応援一番に」をモットーに

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 当選後は、税金の集め方と使い方、また、金融政策を審議する財務金融委員会に所属。初質問以来、安倍政権のもとで膨れ上がる防衛費の問題や浪費型公共事業の問題を追及し、税金は介護や子育てに優先して使うべきと迫っています。子育て世代の願いをとどけ、2016年から保育料無償・軽減の対象世帯が拡大しました。

消費税増税をめぐっては、消費税増税中止、大企業・富裕層に力に応じた負担を求めよと、安倍総理、麻生財務大臣らと論戦してきました。世論の大きな後押しもあり、2016年夏、消費税増税は二度目の先送りとなりました。

都市農業の支援や横田基地へのオスプレイ配備問題、国有地を活用した福祉施設建設、公立保育園の廃止問題など、地域のみなさんの声をひとつひとつ取り上げて取り組んでいます。

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