決算分科会提出資料① 教科書検定小学校道徳科道徳修正表 東京書籍1年生
決算分科会提出資料② 教科書検定小学校道徳科道徳修正表 学研教育みらい1年生
決算分科会提出資料③ 教科書検定小学校道徳科道徳修正表 学研教育みらい1年生
決算分科会提出資料④ 教科書検定小学校道徳科道徳修正表 教育出版2年生
決算分科会提出資料⑤ 教科書検定小学校道徳科道徳修正表 光村図書5年生

 4月10日の衆院決算行政監視委員会分科会では、道徳教科化によりはじめての「道徳」の教科書検定についてとりあげました。

 今回の教科書検定では、パン屋を和菓子屋に修正したら検定に合格、公園のアスレチックをこととしゃみせんの店にしたら合格。パン屋さんからは、「パン屋では郷土愛」を学べないのかという批判の声があがっています。文部科学省は、どう直せという内容までは指示していないといいますが、パン屋なら不合格、和菓子屋なら合格にしたという事実に変わりはありません。文科省が和菓子屋なら郷土愛や文化や伝統が学べるが、パン屋なら学べないという、特定の価値観をこどもに教える道徳にもちこんでいるということになります。

 こうした問題を直接おこした原因は、道徳の教科化にあります。教科にすれば、教科書をつくることになります。教科書をつくれば、いまの教科書検定制度でいえば、学習指導要領で国がしめす徳目を国しめす内容ですべてもりこまなければならなくなります。そして、これは国の求める内容が入っている、入っていない、ということを文科省が文科省の「価値観」で指摘することになります。そして、教科書会社の側は政権が求める、愛国、郷土愛、伝統、文化とはなんだろうと忖度していくことになったのだと思います。

 結論から言えば、道徳教科化をやめるべきです。そして、学校生活全体の中で、人権を大切にする市民道徳をみにつけられるようにしていくことが大事です。決算委員会でもそのことを指摘しました。

  教育出版2年生の教科書では、教科書検定による修正後に、生徒らが国歌斉唱している写真とともに「国歌がながれたら、みんなでいっしょに歌います」と書かれました。これでは、道徳で全員歌うという指導がおこなわれることになります。在日韓国人や宗教上の理由で歌いたくない人もいますが、教科書には、歌わない自由があることや内心の自由についての記載がありません。私は、この教科書検定は、国旗・国歌法の審議(1999年)における「義務付けはしない」「無理強いは内心の自由にかかわる」との国会答弁に反すると迫りました。松野文科大臣は「国歌斉唱を強制しているものではない」と答弁しましたが、修正後の記述にはどこにも強制していないことがわかる記述はありません。

 そもそも、内心の自由は憲法で保障されたもっとも大事な人権です。憲法よりも学習指導要領を上においた教科書検定といわなければなりません。

 そもそも、学習指導用要領にの道徳の項には人権という言葉もありません。権利という言葉が一箇所だけ学習指導要領にありますが、それは「規則の尊重」という項目の中で、義務とセットででてきます。
 
 道徳教育の中でもっとも柱にすえるべき人権がこういう扱いだというところに、政権の考え方があらわれているといわざるをえません。道徳と称して、時の政権の価値観をこどもたちにおしえこんていってはなりません。