安保法制のねらい ミサイル防衛とはなにか 

2017年度予算に向けての防衛省の概算要求は、2015年9月に強行された安保法制の核心である集団的自衛権の実行に大きく踏み出すものになっています。

概算要求には、日米で共同開発をすすめてきた弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイル、SM-3ブロックⅡAの取得がはじめて盛り込まれました。これまでの迎撃ミサイルと比べ、より高高度を飛ぶミサイルの迎撃が可能とされています。これにより、グアムなど米国領にある米軍基地をねらう弾道ミサイルを、日本が迎撃する能力をもつことになります。

こうした能力をもつということは、アメリカの軍事戦略の中でどういう意味をもつでしょうか。

アメリカは「懸念国」を念頭にミサイル防衛をすすめてきました。アジアの地域でいえば、北朝鮮です。

北朝鮮の核開発の目的は何か。防衛白書には次のように書いてあります。

「北朝鮮による核開発の目的については、北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であると指摘されていること、北朝鮮は米国の核の脅威に対抗する独自の核抑止力が必要と考えており、かつ、北朝鮮が米国及び韓国に対する通常戦力における劣勢を覆すことは少なくとも端的的には極めて難しい状況にあること、北朝鮮がイラクやリビアでの体制崩壊は核抑止力を保有しなかったたまに引き起こされた事態であると主張していること、そして核兵器は交渉における取引の対象でないと繰り返し主張していることなどを踏まえれば、北朝鮮は体制を維持する上での不可欠な抑止力として核兵器開発を推進しているとみられる」(2016年防衛白書21p~22p)

北朝鮮にとっての核兵器開発は、「金体制」の存続のための抑止力を手に入れることが目的です。イラクのフセイン政権やリビアのカダフィ政権の二の舞にならないように、もしアメリカが攻撃すれば、核による報復を受けますよというのを示すのが狙いです。北朝鮮の核兵器開発は、周辺国にとって重大な脅威ですが、防衛省自身が北朝鮮の核開発は、先制攻撃のためではなく、抑止力のためと分析していることは、よく見ておく必要があります。

これに対して、アメリカのミサイル防衛の目的はなんでしょうか。相手の弾道ミサイルを撃ち落とすシステムを幾重にもはりめぐらすことで、懸念国などの対米核抑止力を消滅させ、無力化することにあります。

防衛省は、アメリカのミサイル防衛について、「NMDが配備されれば、米国は自らの本土に対する報復の危険を恐れることなく軍事作戦を遂行することができる」(防衛省防衛研究所 「東アジア戦略概観2001」)と指摘しています。

ミサイル防衛システムを完成することで、アメリカが手にしようとしているものは、本土への報復の恐れなく、先制攻撃できる状況をつくりだすことです。アメリカは5層からなるミサイル防衛システムの整備をすすめています。

アメリカと北朝鮮の戦略をふまえれば、日米で、SMー3ブロックⅡAの共同開発をすすめてきた意味、日本が取得する意味はよくわかります。アメリカが国防予算を削減する中で、日本がアメリカの肩代わりをして、アメリカのミサイル防衛戦略の一翼をさらに担っていくということです。

自衛隊がSMー3ブロックⅡAを装備することは、アメリカに対する北朝鮮の核抑止力を無力化し、アメリカが報復の恐れなく北朝鮮への先制攻撃の体制をつくることの一環です。

しかし、SMー3ブロックⅡAを取得しても、グアム等の米軍基地に飛ぶ弾道ミサイルを日本が迎撃するためには、そのことを可能にする法整備が必要となります。それが2015年9月に強行された安保法制でした。

安全保障の分野では、実態が先行し、法律が整備されることが繰り返されてきました。共同開発をすすめてきたSM-3ブロックⅡAがいよいよ実践配備をむかえるための法整備として、集団的自衛権行使を可能とする安保法制を日米両政府が必要としたのです。

政府は、新しい安保法制のもとで、わが国への攻撃がないもとでも、「存立危機事態」と認定すれば、グアムをねらったミサイルを自衛隊が迎撃することは可能だと答弁しています。現実には、アメリカと北朝鮮には圧倒的な軍事力の差があります。北朝鮮からの核先制攻撃は、北朝鮮自身の体制の崩壊・壊滅につながりることはあまりにも自明であり、北朝鮮から先に攻撃するとという分析は政府もおこなっていません。

政府が集団的自衛権の行使は可能だと憲法解釈をかえて、安保法制を強行した目的のひとつは、実際に北朝鮮のミサイルを打ち落とすことを想定してというよりも、ミサイルを打ち落とせる体制をつくることで、北朝鮮の対米核抑止力を消滅させ、アメリカが北朝鮮に対していつでも軍事作戦をおこなえる体制を保持するためです。

常時発令状態となった「破壊措置命令」

今年8月、これまで北朝鮮の弾道ミサイル発射の動きがあるたびに、その都度だしてきた「破壊措置命令」が、常時発令状態とすると報じられました。北朝鮮によるミサイル発射が続いていますが、8月3日の中距離弾道ミサイル「ノドン」発射の際には事前に兆候を十分つかめず、「破壊措置命令」は出ていませんでした。ミサイルへの即応態勢の構築を図ることが目的とされていますが、「破壊措置命令」が常時発令状態になっていることは、集団的自衛権の行使にとって、きわめて大きな意味を持ちます。

日本のミサイル防衛システムは、日本だけでは機能しません。北朝鮮のミサイル発射の情報を察知するのは、米軍の早期警戒衛星等の情報にもとづいてです。早期警戒情報を米軍から受け取るとともに、米軍が日本に配備しているレーダーやイージス艦などをもちいて収集した情報について、情報共有をおこなうなど、早期警戒衛星から伝送された情報をもとに着弾予想地点と時間などが割り出されます。これらの情報が日米で共有され、ミサイルがどのような軌道で飛ぶか、どのイージス艦のミサイルで迎撃することが効果的か、またたくまに計算され、弾道ミサイルを迎撃するという体制になっています。

北朝鮮のミサイル発射から迎撃ミサイルの発射までは分単位で、現場の判断でおこなわれます。このため、ミサイル破壊措置命令が常時発動状態になっているということは、政府の判断抜きで、日米の現場部隊の判断で迎撃できる体制が確立したといういことになります。もちろん、安保法制の上では、政府が「存立危機事態」と認定することが集団的自衛権行使には必要になりますが、実態としては、すでに、集団的自衛権行使を可能とする体制が整ってきているのです。

どこまでも膨張するミサイル防衛予算

弾道ミサイルによって核抑止力を手にいれたい北朝鮮と、ミサイル防衛によって北朝鮮の核抑止力の無力化をめざす日米の関係は、矛と盾の関係です。弾道ミサイルが強化されれば、核抑止力を無力化するために、いっそうミサイル防衛の強化をし、ミサイル防衛の盾が強化されれば、核抑止力をもつために、盾を打ち破る矛を手に入れようと核兵器開発をすすめていく、はてしのない開発競争になります。

北朝鮮は核抑止力の獲得へ、ミサイルの配備数の強化、ムスダンなど飛距離の拡大、潜水艦からの発射ミサイル(SLBM)の開発などをすすめ、核実験、ミサイル発射実験を繰り返しています。

これに対して、日米もは、ミサイル防衛を強化しています。ミサイル防衛に踏み出す今世紀はじめ、政府は、ミサイル防衛の装備に必要な予算は8000億円から1兆円と説明してきました。ところが、現実には2016年度予算までに大きくこえる1兆5800億円が注ぎ込まれ、さらに今中期防の2018年度までにさらに3000億円程度の支出が見込まれています。

さらに、来年度から取得をめざすSM-3ブロックⅡAにつづき、防衛省の来年度の概算要求では、新たなミサイル防衛装備として、THAADや陸上配備型イージスシステムなどの取得に向けた研究

予算ももりこまれています。これらの取得費用がどこまで膨らむかは、防衛省も計算していません。

ミサイル防衛の共同研究がはじまる段階では防衛省の防衛研究所も次のように指摘していました。ミサイル防衛は「懸念国の弾道ミサイルや大量破壊兵 器の増強の呼び水になる危険もはらんでいる。第1に、費用対効果の観点から、弾道ミサイルが依然としてNMDなどのBMDを凌駕すると考える懸念国に対しては、NMDの配備が弾道ミサイル増強へのインセンテ ィブとなりかねない。」(「東アジア戦略概観2001」米国の国家ミサイル防衛(NMD)計画~防衛省防衛研究所)。

現状は、このときの、防衛省防衛研究所の懸念のとおりになっているではないでしょうか。

安倍政権になり、軍事費・防衛省予算は膨張を続けています。2014年度から2018年度の5年間の防衛省予算は、23兆9700億円と閣議決定されています。しかし、実際には補正予算も使い、これを大きくこえるペースでの支出が続いています。その一方で、年金、介護、医療など社会保障については自然増分も大きくカットされ、制度改悪、国民負担増、給付減がすすんでいます。

「安全保障のジレンマ」という言葉があります。他国の脅威に対して、軍備拡大をすすめると、相手国がその軍備拡大を脅威に感じて、軍備をさらに拡大する。軍拡競争の負の連鎖をもたらすというのが安全保障のジレンマです。ミサイル防衛は、「安全保障のジレンマ」の典型ともいえます。このジレンマから抜け出さなければ、軍拡の悪循環で、ミサイル防衛のための予算は際限なく膨張していくことになります。そうなれば、犠牲になるのは、社会保障、子育て、若者支援のための予算です。

安全保障のジレンマをたききる平和外交こそ

ミサイル防衛の強化で地域の平和が訪れるわけではありません。安全保障のジレンマをたちきる外交努力こそが必要です。北朝鮮の核開発をやめさせるために、国際社会が結束して、安保理決議にもとづく制裁を厳格に実施、強化をはかることが必要です。同時に、アメリカなどの核保有国も含め、国際社会が本気になって核兵器のない世界への取り組みをすすめ、核兵器禁止条約の交渉開始にすすむことが北朝鮮の核開発の口実を失わせることになります。「私たちも核兵器は廃絶していくから、あなたもやめるべきだ」、こう働きかけてこそ、北朝鮮に対して、一番強い立場にたつことになります。